「百里を行く者は九十を半ばとす」というのは次の言葉の意味です。
ものごとは、途中でしくじらないように、最後まで気を引き締めて行わなければならない、ということ。
引用元:コトバンク
ゲーム制作において最後まで気を抜くなというのは、その通りなんですが、実際にリリースするところを100%だとすると90%ぐらい進んだところからが本当に大変だったりします。より正確に言うと、90%ぐらいできたかな、と思った所からが長いのです。
イヤ、ほんと、マジで、
ゲーム制作において「もう一息」は「もう一息」ではない
ゲームは触ってみないと分からないことが多くあります。そのため、ゲーム制作を進め、ようやく形になりゲームとして遊べる段階になると、こう思い始めます。
- 思ったより爽快感がないなぁ。
- この操作性はちょっとだるい。
- ロード長すぎん?
- エフェクトが単調すぎる気がする。
まとめると、「うーん、なんか違うなぁ」という感想です。こういう感想が出てきたら苦難な道の始まりです。もう一息で完成だと思っていたら、急に完成が遠のいていくのを感じるでしょう。俗に言う「エターなる」と言われる仕様追加や仕様変更は、このケースが際立った場合でしょう。
しかし、実際は「エターなる」ほどではないけれども、かといって放置すると単純に手抜きしたつまらないゲームをリリースすることになるので、放置するわけにもいきません。その結果、開発後半が修羅場と化します。
個人ゲーム開発者しかり、現場のマネージャー陣は常に頭を抱えていることでしょう。
ゲーム制作において「百里を行く者は九十を半ばとす」を文字通りとするが良き
このような現象を回避する方法は、結論から言うと、ありません。そんな伝家の宝刀的なものは、手塚国光同様、この世には存在しないのです。
じゃあどうするべきかですが、方法は2つです。
諦める
そういうもんだ、と諦めましょう。リンゴが木から落ちるように、食べたパンの枚数を覚えていられないのと同じように、どうしようもないのだから諦めましょう。
本当に90%の完成度を開発工程の真ん中に設定する
唯一の対抗策は、本当に90%の完成度を開発工程の真ん中に設定することです。ベータ版の完成を工程の真ん中に設置するイメージですね。
あらかじめ、まだ道半ばであることを想定して工程を立てられれば、怖いものは少ししかありません。
怖いものがあるとするなら、予想に反して90%が本当に90%ぐらいの完成度になってしまい、開発工程が余ることです。そうなると、余計な仕様追加をしたり、仕様変更をしたりして、結局、元の木阿弥に戻ることになるでしょう。
そんな工程立てられないよというなら、諦めましょう。どうしようもないものは、考えても仕方ありません。